ギリシャ美術にひたる

ヘゲソの墓碑


日曜日から続いていたワーキングデーが終わり、やっと土曜日が来た。と言っても仕事を終えて帰宅したのは土曜日の午前4時、床についたのは5時だ。当然、もう明るい。

今週の睡眠時間は毎晩4時間足らずで今日は1日寝ていたいぐらいだが、そうなると大事な休日がなくなってしまう。がんばって8時に起床、近くのスーパー銭湯にでかけて、露天風呂を楽しみ、お気に入りの「うたた寝の湯」で横になりながらまどろんだ。極楽、極楽・・・

 午後は山のような持ち帰り仕事を横目に、読みたかった澤柳大五郎教授の美術史解説「ヘゲソの鼻」を読み始める。「ヘゲソ」とは、アテネギリシャ考古博物館に展示されている、紀元前のギリシャ古代墓碑の傑作「プロクセノスの娘ヘゲソ」の銘のある墓碑に彫られた少女のことである。

 数年前、アテネを訪れた私は考古博物館にて、この墓碑の前に立った。

亡くなった少女「ヘゲソ」は椅子に腰掛けて、召使の少女が差し出す宝石箱から宝石を選んでいる。宝石を身に付けて旅立つ先は冥界であるというのに、この2人の間には、一見、繰り返された日々の日常そのままの空気が流れている。

緩やかなギリシャの午後の日差しが2人の背後に降り注いでいる光景が目に浮かぶようだ。

ただ、よく見ると、ヘゲソの焦点の合わない空ろな視線、見送る側の召使の少女がヘゲソに投げかける悼みと悲しみに満ちあふれた視線が痛々しい。

死者と生者のかかわりを同じ画面で描きながら、死者の生きていた日々の姿と、生きて見送る側の限りない悲しみをこのように見事に表現した古代ギリシャ人の芸術性はすごい、と思ったものだ。

 澤柳教授の古代ギリシャ墓碑の解説を読み進むうちに、いつしか眠ってしまった。夢を見た。何と、私はアテネに住んでいるのであった。夕暮れのアテネの町を自転車を押しながら急坂を上った。上り詰めて町外れまで歩くと、そこがどうやら私が住んでいるアパートらしかった。庭で子供の遊ぶ声が響く中、アパートの自室に入るところで目が覚めた。夢とは言え、ギリシャ人になった気分まで味わえた、幸せな午後であった。