冬の青空市場にて

暑くなってきたので涼しい話題を。

ロシアに住んでいた頃、よく新鮮な野菜を仕入れに青空市場に行った。真冬でも暖かいコーカサス地方からやってくるほうれん草などが豊富に並んでいた。

ソ連崩壊で、年金がただ同然になってしまったお婆さんたちが生活費を稼ぐため、手編みのレースのテーブルクロスなどを手に、市場の入り口にずらっと並んでいる。買っている人を見た事はないが、おばあさん達は氷点下10℃以下の凍てつく空気の中、辛抱強く何時間も手に商品をかざして立っている。中には茶色く手垢がついてしまったものを抱えて。

私は当時2歳だった息子を前に両手でだっこしてそのおばあさん達の中を通り抜けようとした。

すると、一斉ににおばあさんたちが、大事な商品を放り出して駆け寄ってきた。私ははじめ、彼女達が私にモノを売りつけようとしていると思い、振り払おうとした。

ところが、おばあさん達は、息子の靴下を触りながら言う。「柔肌が見えてるよ。危ない。しっかり見てなきゃ」

よくみると、私が息子を前に抱えているため、息子のズボンと靴下の間があいてしまい、少しだけ素肌が寒い空気に露出していた。

「気をつけるんだよ」
そう言って、おばあさん達は何事もなかったように、またテーブルクロスを拾い上げ、また市場の入り口に整然と並んだ。

市場を歩いている間、何回も、おばあさんたちがそうやって駆け寄って、私に小言を言いながら息子の靴下を引っ張り上げていった。

国の混乱の中で貧困にさいなまれながらも、こうして優しさを忘れない人たちがいる!
人間のすばらしさを垣間見た気がした。