アントワープ
ホーボーゲンからアントワープ中心街に戻る。
アントワープの見どころはやはり大聖堂だ。
大聖堂に近づくとちょうど正午。
鐘の音が響き渡る。
この鐘の音を聞くと、ああ、自分は今ヨーロッパの町にいるのだな、と実感する。
それにしてもこの大聖堂は、欧州でも有数の大きさだと思う。
14世紀に建設が始まってからさまざまな歴史を経てきた大聖堂。この大聖堂の歴史は、フランス領になったりスペイン領になったり、戦火に見舞われたり、所蔵品の美術品を奪われたり戻ってきたり、そもそもフランドルの歴史そのものである。
主祭壇のルーベンスの「キリスト昇架」はやはり素晴らしい。
「フランダースの犬」では、ネロがどうしても見たくて、最期、いまわの際に見た絵、ということになっている。
が、実物より、買った画集で見た方がもっと素晴らしく感じるのは何故なのか。絵が大きすぎるせいか?、人が多すぎたせいか?
次の目的地の、王立美術館に向かう。
ここの目玉はフーケの「ムーランの聖母子」。15世紀、今から600年ほど前の絵になる。このフーケの生涯も謎に包まれ、正確な没年も不明。
中野京子氏の「怖い絵3」によると、この絵のモデルは、フランスのシャルル7世の寵妃で美貌と知性で鳴らしたアニエス。うだつの上がらない夫王の政治にも積極的に関与し、最期は不審死を遂げたらしい。
数年前、彼女の遺体が鑑定され、水銀汚染が甚だしかったことが分かった。それは毒殺されたせいか、彼女の化粧品のせいか、わからないという。この絵に描かれているように、彼女の肌は透き通るように白く、このような肌を維持するためにせっせと当時の水銀入りの化粧品を塗りたくっていた可能性もあるらしい。
ただ、はっきり言って、「不気味な絵」である。退廃的、と評した専門家もいたようだが、そう思う。背後の天使たちもどぎつく真っ赤に塗られていて、異様だ。
名画というより、歴史的に重要な絵なのだろう。これは聖母マリアではなく、宝石をふんだんに使った玉座に座っていた、高貴な女性なのだ。
ただ、昔の絵を見るといつも感じるのだが、600年という長い時間、存在し続けてこられたことが、奇跡のように感じる。
美術館を出たら大雨だった。歩いて路面電車の駅まで行きアントワープ駅に戻り、ブリュージュに戻った。
残念ながら、アントワープとブリュージュの中間にあるゲントの町には行けなかった。ここの大聖堂には、大好きなファンエイクの「神秘の子羊」があったのだけれど。
上 聖母大聖堂
中 ネロとパトラッシュが最期に見たルーベンス「キリスト昇架」
下 フーケ「ムーランの聖母子」