リッセベーグ

それは初めての経験だった。

ブリュージュ郊外のリッセベーグ。

千年以上の歴史を刻む町。

ずっと続く一本道の脇を並木が固める、いかにも北国の道を走り、この町に入って感じるのは、人影の少なさ。

町の中心の13世紀建造の大きな聖母教会に入ったところ、人っ子一人いなかったのだ。

壁には17ー18世紀の名画の数々、17世紀半ばに製作された説教壇。

教会関係者、信徒、誰もいない中、じっくりとこれらを鑑賞する。

ちょうど夕刻で、ステンドグラスが美しく光る。時の移ろいを感じることができるのは、差し込んでくる光が少しずつ変化していくことだけ。

時折、時を知らせる教会の鐘が鐘楼から響くだけで、静まり返っている。

あたりを支配する、圧倒的な静謐、

そして光の変化。

マリア像の前に佇んでみる。

いったいこれまで何人の人がこの前に跪いたのか。

そう考えると楽しくもあり、切なくもある。

自分もやがて歴史の中に消えていく、その1人にしかすぎないことを認識するからだ。

「どうしたの?」

あまり遅いので心配したタクシーの運転手が様子を見に来た。

「この小さな町の観光は15分もあれば十分よ」と言っていた彼女にとって、ちょっと勝手の違う客だったのかもしれない。

教会の外に出たら、鐘楼の鐘がまた鳴りだした。

青い空に響き渡る鐘の音が終わらないのに車に乗り込むのは、本当に惜しかった。