ホーボーゲン
まるで1人旅のように気取った旅日記を書いているが、実はこの旅は家族旅行。
フランドルに行きたい、と家族に言ったら、「フランダースの犬ね」というのが家族の最初の反応。
妻と日本の実家との電話を聞いていると、
「フランドル? どこそれ? 何があるの」
「ほら、フランダースの犬やん」
「ああ、ほなネロとパトラッシュに会いに行くんやね」
「そうそう」
というわけで、私は気乗りしなかったが、妻を満足させるためにネロとパトラッシュに会いに行くことになってしまった。
早朝、ブリュージュから特急に乗り一時間余り。アントワープ駅に着いた。
ホームに入って驚いたが、荘厳華麗。聞けば国王レオポルド二世の命で百年前に完成したこの駅のドームは高さ60メートルもあるそうな。
まず、駅前の案内所で、「マップ オブ フランダースドック リトゥン バイ ジャパニーズ please」と叫んだ。観光客ムード丸出しの、我ながら酷い英語だと思ったが後の祭り。ただ、中年の係官は、2冊の小冊子を差し出した。「どっちが日本語?」ときく。一方はハングル語、もう一冊には「ネロとパトラッシュの散歩道」というタイトルで、もちろんそちらを購入。
とにかく、ネロとパトラッシュの銅像のある郊外の街、ホーボーゲンを訪ねることにする。
路面電車に揺られること30分。終点のホーボーゲンに着き、「散歩道」マップを片手に、銅像を求めて歩きだす。
が、なかなか見つからない。
クリスマスを過ぎた町はひっそりしていて、商店の扉は閉ざされ、道を尋ねる人もいない。
雨が降ってきてとても寒い。
この辺にあるはずだけど・・・
見当たらないので、まずネロとパトラッシュが埋葬されたことになっている聖母教会へ行くが、中はミサの最中で入れず、あるはずの庭の墓地は移転したようで青い雑草が冬の寒風にそよいでいるばかり。
銅像があるはずの場所に戻り、キョロキョロすると、発見。が、
えっ、こんなに小さいの?
これでは幼稚園児とペットのお座敷犬だ。特にパトラッシュは小さすぎて、とても毎日毎日ホーボーゲン村からアントワープまでミルクをぎっしり積んだ車を引いていける力があるとは思えない。
とりあえず銅像をバックに家族写真をパチリ。
ガイドブックによると周辺の店では「フランダースの犬チョコレート」とか、「ネロとパトラッシュTシャツ」が売られているとのことだが、そんなものが置いてそうな店は見当たらなかった。
家族みんなで大きくくしゃみをして、我が家はすごすごアントワープに引き返したのだった。
聞けばベルギーではこの物語は全く知られておらず、大挙して押し寄せる日本人観光客が「フランダースドックはどこ」と騒ぐので初めて知られるようになったとのこと。
物語が知られるようになっても、「かわいそうなネロを見殺しにするほど俺たちは冷たい人間じゃない。」とか、「英国人の作者(ルイーズド・ラメー)の偏見に違いない。」ということで、アントワープ市は銅像の設置を拒否、おかげでホーボーゲンが銅像を目当てにやってくる観光客で儲かっているらしい。