氷のバイカル

夜のウラジオ空港を発って、ハバロフスク経由でイルクーツクに向かう。ロシア製の飛行機かと思ったらエアバスだった。こんな極東のローカル航空でもロシア製の飛行機が駆逐されているのに驚いた。

深夜1時にイルクーツクに到着する。我々のカウンターパートのマリーナ嬢が迎えに来てくれている。案に相違して暖かい。マリーナ嬢にそう言うと、「昼は10℃近くあるわね」と言う。ウラジオにしろ、イルクーツクにしろ、結局モスクワよ暖かい。

深夜のホテルにチェックインするが、完全に体内時計が狂ってしまい、眠れない。イルクーツクは日本よりこんなに西にあるのに、何と日本との時差はないのだ。我々一行の中の1人、東京から来た者は、「こんな楽な海外出張は初めて」、と言っている。そして、我々、モスクワからの出張組は、国内出張にもかかわらず、ウラジオで7時間、ここで5時間の時差に苦しめられる。

ともかく、翌日の仕事も、病院や研究所での打ち合わせなど、順調に終わり、夜は先方との夕食会で愉快なひととき、浴びるようにウオッカを飲み、ふらふらになって床についた。

ロシア人すべてにいえるが、特に極東・シベリアでは客人に対するホスピタリティーがものすごく手厚い。心づくしで歓待してくれる。ロシアにハマる人は、だいだい、この人の温かさにハマると言ってよい。

明日は土曜日。先を急ぐ他の同僚はモスクワと東京に帰り、私だけ、週末をここイルクーツクで過ごすことにした。

どうしてもバイカルを見たかった。1人で行くつもりだったが、マリーナ嬢が案内を買って出てくれた。

イルクーツクからアンガラ川河口のバイカルまで車に揺られて1時間。待望のバイカルが顔をのぞかせた。

河口は凍っておらず、私の第一印象は、どこかの小説のようだが、「限りなく透明に近いブルー」。どこまでも蒼い。

ただ、湖面はまだ凍結していて、氷上をトラックが往来している。

湖岸のバイカル湖博物館で、学芸員から湖の歴史や生物について、詳しい説明をじっくり伺う。愛らしいバイカルアザラシにもご対面。

三日月形のバイカル湖は端から端まで600キロメートル以上もあり、また水深も1600メートル以上と大変に深い。透明度は40メートルで、限りなく透明に近い氷ができるが、湖底の温度は年間通じて3.6℃に保たれているらしい。

イカルに注ぐ川は300以上あるが、流れ出るのはアンガラ川のみ。

このことから、バイカルは300人の息子と、アンガラという1人の娘がいる、と言われている。

「ほら、湖のアンガラ川河口に小さな島があるでしょう。娘のアンガラがエニセイ川に恋をして、そちらに流れて行こうとしたのを、父なるバイカルはこれを止めようとして、置いた石がこの島、といわれているわ。」とマリーナ嬢が話してくれた。

いま、アンガラ川は、恋が成就してエニセイ川に注ぎ、数千キロ先の北極海までともに流れていく。

ながい冬が終わり、やっと春が来た。人々の表情も心なしか明るい。

湖脇にあった土産物市場も大変な活気。特産の鉱物を使った小さなキーホルダーを購入した。