コストロマにて

モスクワははや秋の気配。朝夕は10℃近くまで冷え込んできた。

本格的に寒くなる前に、黄金の環に行っておきたい、と考え、夜行列車の切符をほとんど衝動買いし、金曜の夜出発、日曜日の朝モスクワ帰りという強行日程で、モスクワから500キロほど東の、ロマノフ王朝ゆかりの歴史の町、コストロマに行くこととした。

ヤロスラブリ駅から22時20分発のコストロマ行夜行列車、4人コンパートメントに乗り合わせたのは、米国人男性とロシア人女性のカップル。モスクワ在住だが、これからコストロマの彼女の別荘に行くという。

午前5時にコストロマ駅到着。到着前に彼女が起こしてくれた。列車は広大なボルガ川を鉄橋で渡るところだった。薄明かりの中で、そこかしこに見える教会の塔、広がる台地に目を凝らす。

彼らに見どころを教えてもらい、「ブラザー、良い旅を」と別れた。

早朝の駅のスタンドで腹ごしらえし、町の中心部まで約4キロの道を歩いた。

中心部近くのボルガ川を望む高台にロシアの町の定番、巨大なレーニン像があった。人が大勢、眼下の船着き場を目指して進んでいるように見える。船が出るのか。

行ってみると案の定、郊外行の船が出るという。往復2時間弱、運賃は往復32ルーブル(約100円)というので、どうせ早朝、教会も美術館も開いていないのでちょうど良い。

船の中は、郊外の農園つき別荘に向かう人たちで満席、犬や猫も多是乗っていた。しかたなくデッキに出たが寒い。気温9度というから当然か。さっき見た巨大なレーニン像が朝やけが燦然と輝く中、美しいシルエットになって浮かんでいた。

2時間ほどして戻ると、隣の桟橋に大きな船が着岸していた。どうも何日かかけてボルガ川沿いの町を巡る豪華クルーズ船らしい。一度は乗ってみたいと思っていたものだ。観光客が次々と下船し、横付けした観光バスで市内観光に出かけて行く。ほとんどがロシア人観光客だ。たとえは、この船でモスクワからサンクトペテルブルクまで行く場合、最低でも10万円程度の料金と1週間以上かかるのだ。比較的安いかもしれないが、時間がある人しかできない。

日中は街の市場を散策、古い教会や美術館を巡りながら過ごす。物価はモスクワに比べてあまりに安いのでびっくりした。そして、普通の大衆食堂の値段があまりに安く、そしてあまりにおいしいことも発見した。ロシアの田舎はやはりすばらしい。

最後に訪れた木造建築博物館は、寝台車で会ったカップルに数100年前のものも含めた古い建築物を野外展示していると聞いたので、落ち着いた場所かと思っていたら、新婚カップルで一杯だった。園内に10組以上の団体が闊歩し、そこかしこで、「ゴーリカ、ゴーリカ」と大騒ぎしている(ゴーリカ、というのは、ロシア語で「苦い」という意味。つまり苦い苦い、だから2人のキスでこれを甘くしてくれ、と新婚カップルのキスを迫る言葉)。

園内を歩いていると、「ボス、ボス」と呼ぶ声がする。誰のことかと思っていたら私だった。見ると、今朝の寝台車のカップル。握手で再会を祝う。朝は「ブラザー」だったので、いつの間にか、「ボス」に昇格している。今度偶然会うことがあったら、「社長」になっているかもしれない。

締めくくりは、ホテルのレストランからの食事。夕闇が迫る窓から一面に広がるボルガ川を見ながら、笑顔のウエートレス(これもモスクワではめったに見かけない人たち)の気の利いたサービスを受けた。

ホテルから白タクで駅に。ほどなくしてモスクワ行きの列車がホームに滑り込んだ。今夜の同室者はモスクワに戻るロシア人のご婦人1人。ロシアの寝台車にはカーテンがない。着替えるなら部屋をでますよ、と言おうとして横になっていると、疲れていたのだろう、気がつくと朝になったいた。目覚めて挨拶すると、日本人か、と聞かれる。日本人が大好きで、特に安部公房の小説が大好きだとのことである。

家に着いたのが午前6時半。まだ今日1日日曜日をたっぷり楽しめる。充実した週末だ。




写真 上から
1 朝やけをバックにしたレーニン像のシルエット
2 木造建築博物館にて
3 ボルガ川夕景
4 イパチエフスキー修道院内のイコン画