古代の叫びと祈り・・・ポンペイ




「気をつけて帰るのよ」

アマルフィ滞在中、ホテルで何くれと世話を焼いてくれたリリアおばさんに握手でさよならを告げる。毎朝食堂で聞いていた「チァオ!」というおばさんの優しい声が聞けなくなるかと思うと寂しい。

くねくねと曲がる海岸沿いの道を走り、高速に乗ってナポリ郊外のポンペイ遺跡へ。

例によって道に迷いつつ、遺跡近くにたどり着き、何とか駐車場を見つけて歩きだす。くねくね道で車酔いした妻はまだ調子が悪そうだ。遺跡周辺も治安が良いとは言い難い。ストリートチルドレンたちが物欲しげに群がってくる。

ところが遺跡に入った瞬間、それまでの喧騒はどこかに消えさり、静かな空気が支配する。

2000年前の町を歩きだすのだ。

それにしてもあまりの保存状態の良さに驚く。

2000年前のタイルに描かれた犬の絵。何と「猛犬注意」と書いてあるらしい。

途中、石膏の人型が何体も展示されていて驚いた。聞くと、これは発掘の際に発見された人の痕跡、つまり火山灰に埋もれた人の体が骨を残して消えてしまったあとに残された空洞に、石膏を流し込んで作られた人型なのだ。

いかにも無念そうな、そして苦しそうな人々。あるものは座ったまま、あるものは体を折り曲げて横たわり、母親は子どもをかばうように。

心打たれたのは、一心に祈っている人型。

彼・彼女はこうして土に埋まったまま、何を祈っていたのだろうか。その必死さが十二分に伝わってきて胸が締め付けられる。
(写真をアップしようかどうか、迷ったがとりあえず止めておく)

こうして2000年の時を越えて、彼らの苦悶する姿がそのまま、こうして歴史的な大事件を証する記念碑となって今日に伝わっているのだ。

当時のパンの原料がそのまま残っていたという、かまどの前に立った。ここで繰り返されていたであろう、平和な朝餉、楽しい夕餉のために準備にいそしんでいた主婦たちの会話を想像してみると、儚さを感じるとともに、厳粛な気持ちになる。

表の通りに出ると、当時の車馬の往来でできたであろう轍の痕がくっきり残っている。

こうして夕方まで広大な遺跡を巡り、円形競技場跡、浴場跡、神殿跡等、そこかしこで思いを巡らした。

2000年前の人たちの日常をそのまま感じることができるポンペイ遺跡って、なんてすごいのだ


上 町なみ。遠くに見えるのはベスビオ火山
中 猛犬注意
下 「ヴィーナスの家」に描かれていた壁画