ソフィア聖堂
朝、定刻の6時10分に遅れること数分。ノブゴロドに到着した。
駅前のバスステーションで取りあえず夕方のサンクトペテルブルク行きのチケットを予約し、近くの食堂で朝食を取る。
ようやく明るくなり始めたばかりの街を、クレムリン目指して歩く。
ときどき車が通りかかるだけで、人通りはほとんどない。
早朝のクレムリン。
150年前に建てられたロシア建国1000年記念碑の前にベンチに腰掛けていると、散歩中の老夫婦が「やあ、夜行で今着いたんだね」と話しかけてきた。
朝日が川向いの丘から登ってくる。思わずそちらの方に歩きだし、橋の上から振り向くと、クレムリンの赤い煉瓦の壁に、朝日が映えて実に美しい。
ノブゴロドで一番朝が早い観光地はこのクレムリンの中のソフィア大聖堂だ。が、開館予定の8時を過ぎても扉が開かない。おかしいな、と思っていると、浮浪者らしい恰好をした老人が近づいていて何か話しかけながら、しきりと違う方向を指さす。物乞いのじいさんかと思って無視していると去って行ったが、しばらくしてはっと思いついてじいさんが指さした方向に歩いて行くと、果たして、そこに聖堂の入口があった。
おじいさん、ごめんなさい。教えてくれていたんだね。
聖堂の中央は、900年前のイコン、オラントの聖母。信者たちが順番に歩みより、十字を切り、口づけをし、跪いて祈っている。数100年間、毎日繰り返されてきた風景なのだろう。この聖母は一体何人の人の口づけを受けたのだろうか。
聖堂の一角に、この聖堂を建立したウラジーミル公とその母、アンナの棺がある。
信者たちはひっきりなしにこの二つの棺に歩みより、棺の上部に口づけし、跪いて祈っている。
このソフィア聖堂は1045年建築だが、ロシア最古の建物なのだ。棺の横の説明書きを読むと、ウラジーミル公は32歳でこの世を去っていることを知る。
そんなに若くして亡くなったのに、この聖堂を遺し、死して千年を経てなお、人々の熱い信仰を受けている。
自分は彼以上に長生きしている訳だが、自分は何を遺せるのか、ふとそんなことを考えてしまう。