残夢整理−昭和の青春 多田富雄著

これが通勤途上で読み切った本第1号だが、あまりに印象深く、涙なしに読めない部分が多くて困った。

免疫学の泰斗による、生涯での忘れえぬ6件の出会いが芳醇な文章で紹介されている。どれも印象に残るすばらしい話だった。

特に印象に残ったのは、恩師岡林篤教授との日々を描いた「ニコデモの新生」と能楽師橋本久馬との交流を描いた「朗らかなディオニソス」。

実験をひたすら、そしてしぶとく行い続ける姿は、まるで求道僧のようだ。ヨハネ福音書のニコデモ新生問答に託した教授の学問への思いはすさまじい。
そして、「朗らかなディオニソス」は、老能楽師の舞台にかける執念、若い能楽師が演じることが定番になっている「道成寺」を、60歳を過ぎ、そして、公演直前に腕にギプスをはめるようなは大怪我を負っても成し遂げるその執念がすさまじく、ハラハラしながら一気に読みとおした。

そして、「後書き」。脳溢血に倒れ半身不随となり、そして癌に侵された日々の中で、著者がどんな思いでこの書を綴ったか、抑えた筆致で述べられている。そう、これは多田博士の遺書なのだ。

唯一動かせた左手が癌の転移で動かせなくなり、「まるで終止符を打つようにやってきた執筆停止命令に、もううろたえることもなかった」として最後の筆を置く。電車の中なのに涙が止まらなかった。

この本は、著者が出会った思い出深い人たちに捧げた挽歌であるが、自分自身の葬送の書でもあるのだ。

人生の価値とは、自分がどれだけのことを成し遂げたか、ということもあるが、それ以上に、心を通わせることができる素晴らしい出会いがいくつあったか、ではないか、と思う。もちろん、人数の多さや会った回数の多さではない。そして、そのような者とは亡くなってからも心の中で生者同然に交流できるのだ。

著者自身も亡くなってしまったが、この本のお陰で著者が体験した濃密な交流を、読者が追体験できる。素晴らしいことだと思う。

冥界で再開された多田博士と彼らとの交流に幸多かれ。