バフチサライ
今年5月のある日の午後。
モスクワ発のアエロフロート航空で降り立ったウクライナ、クリミア半島のシンフェローポリ空港は快晴だった。
モスクワで手配していたタクシー運転手と落ち合い、ヤルタに向かう。
これがモスクワ駐在中、たぶん最後の旅行になるだろう。
運転手は、「最初にバフチサライだね」と言った。
「ダー」と私。
モンゴル支配の末裔、クリミア・ハーン国の都があったバフチサライは、シンフェローポリ空港から車で1時間。
最初の訪問地は、ハーンの宮殿。16世紀からロシア革命まで、約300年間
王が君臨した。
ハーレムは美しい彩色の建物、青い文様のタイルも美しい。
中庭には、最後のハーンであるクリムギレーが、愛する女奴隷の死を悼んで建てさせた「涙の泉」がある。
石からぽたぽたと涙のように水滴がしたたり落ちている。
ガイドブックによると、「石にも涙を流させよ」というハーンの命だという。
宮殿の外れには歴代のハーンの墓があるが、相当荒廃している。
広い宮殿を散歩していて疲れた私は、ふと空を仰ぎ見た。
どこまでも青い、クリミアの空が、新緑の若葉に映えていた。