雲は答えなかった

「海街ダイアリー」や「そして父になる」といった映画が有名な是枝監督が書いたドキュメンタリー「雲は答えなかった」を再読。1990年、水俣病の担当局長として随行予定だった、環境大臣水俣入りの日に自ら命を絶った、山内豊徳 環境庁企画調整局長の生涯を追った作。
「和解拒否」といった組織としての立場と、自己の良心の板挟み、は役所でなくてもどの組織にもある。それは俺の意思じゃない、役所の意思なんだ、と普通の役人なら思おうとする。だが、局長はそう思える人ではなかったのではないか、官僚としては持ってはいけない、そんなナイーブさが致命傷になったのでは、と本書は示唆している。マスコミは単に和解を拒む環境庁を厳しく指弾するだけで、担当局長を板挟みにしている環境庁自身も含めた役所集団の構造には世間はなかなか気づくことはない。

作中に紹介された山内局長の自作の詩「しかし」は感慨深い。少し引用すると、

「しかし」、、、と
この言葉は
絶えず私の胸の中で呟かれて
今まで私の心のたったひとつの拠り所だった
私の生命は、情熱は
この言葉があったからこそ
私の自信はこの言葉だった

けれども、
この頃この言葉が聞こえない

(中略)

「しかし」と。
人びとに向かって
ただ一人佇んでいながら
夕陽がまさに落ちようとしていても
力強く叫べたあの自信を
そうだ
私にもう一度返してくれ

常に自分の良心に照らして「しかし」と問うこと。そんな姿勢で行政という仕事に立ち向かえたら何と素晴らしいことか。詩を書き取って自室に貼った。非常に勇気づけられる。

細やかな心情の描き方という点で、是枝監督の映画は大好きだが、監督の手によるこのドキュメンタリーも暖かさに溢れている。
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