シン・ゴジラ

周りの友人、同僚たちが口を揃えて勧めるので、遂に観てきた。評判通り、良い映画だった。

舌を巻いたのは、役所の仕事のやり方について、本当によく調べている、ということだ。

特に官邸の雰囲気。私は観終わった後、きっと官邸でロケしたのだろうと思った。

そうではないと聞いて、本当に驚いた。

広大なオペレーションルーム、各省のブースがある対策本部の雰囲気、そして、各省毎に違う防災服の色も性格、さらには総理執務室のソファーの色柄まで。よく真似したものだ。

これらの情景は、同僚と同じように、私を3.11に引き戻すのに充分だった。

日本の危機管理がいかに危ういものかは、3.11で思い知ったはずなのに、今同じような大災害が起こったときにはそのレッスンは活かされないだろう。日本人がこの間やってきたことは個人の責任追及が主眼であって、制度改革でない。

映画ではゴジラを倒した、という達成感が味わえた。ただ、それとともに私が感じた、苦しかった3.11対応の日々と、その後の徒労感。3.11はまだ終わっていないのだから。

ステイーブ・ジョブズの言葉に苦悩する

週刊ダイヤモンドを読んでいて、紹介されていたジョブズの言葉に深く考え込んでしまった。

彼は17歳から33年間、毎朝自分に問いかけていたという。

「今日が人生最後の日だったら、自分はこのことをやりたいと思うか」

「違う、という答えが続けば、その生き方を見直せということだ」

31年前の日航機墜落事故の時、私はこのことをしみじみ思った。

悔いのない人生を送りたい、と強く思った。

ただ、日ごろの雑事にかまけて、すっかり忘れていた。

ジョブスの言葉は、それを思い出させてくれた。

さて、どうするか。


私の大好きな中原中也の「夏の日の歌」。(詩集「山羊の歌」より)



青い空は動かない、
雲片れ一つあるでない
  夏の真昼の静かには
  タールの光も清くなる


夏の空には何かがある
いぢらしく思はせる何かがある
  焦げて図太い向日葵が
  田舎の駅には咲いてゐる


上手に子どもを育てゆく
母親に似て汽車の汽笛は鳴る
  山の近くを走る時


山の近くを走りながら
母親に似て汽車の汽笛は鳴る
  夏の真昼の暑い時


夏は私の大好きな季節だ。
50歳を超えた今でも、むくむくと湧いている猛々しい入道雲を見ると、心が躍る。
同時に、胸が締め付けられる。
昔の夏を思い出す。
時間を超えてしまう。自分が生まれる前の夏を思い出さんばかりの勢いだ。
あと何回、こんな夏を迎えられるのか、と思うと、いてもたってもいられなくなる。


中也は1937年2月、鎌倉の寿福寺境内に転居、10月に今の清川病院で死去した。享年30歳。
写真は寿福寺前の今日の横須賀線
中也もこの風景を見ていたのだろうか。
母親が子供を励ますような、汽車の汽笛を聞きながら。

円卓の地域主義(牧野哲郎)を読む

南信州飯田市には観光で何度か訪問し、元気な地域だなと感じていたが、飯田市長の牧野氏が編んだ本書を読み、飯田だけでなく同氏が関わってきた大分の別府や臼杵、さらにドイツ諸都市の取り組みを知るとともに、地域再生の推進力としての「円卓」の力を知った。
地域再生は最前線の自治体職員のやる気を十分に引き出すことが不可欠で、政策の企画部門と現場の一体化や、「株式会社飯田市役所」としての組織改革は非常に参考になる。特に、公民館に市職員の公民館主事を配置することによる地域おこしなどは、かつて公民館行政に携わった者としては嬉しい限りだ。また、多摩川精機ととのコラボレーションによる、飯田を航空宇宙産業のメッカにしたいという夢が実現することを願う。

こんな本を読むと、自分の中に、地域再生に関わることについての願望が強くあることにも気づく。やりたいことが本当に多すぎて困ったものだ。

梨木果歩の「海うそ」を読む

ここ数か月、全く余裕がなかった。今月は、久しぶりに海外出張があり、ウイーンに出かけたりしたので、そのうち写真をアップしたいと思っているのだが。

ところで、今月通勤の合間に読んでいた梨木果歩の「海うそ」が素晴らしかったので、それを伝えるべく、久しぶりのブログ更新をしようと思う。ネタバレ注意、である。

主人公の若い人文地理学者が、昭和初期の南九州の島を訪ね、恩師の教授を足跡をたどる。慈しむように、地名、植物の名前を記録しつつ、島をつぶさに歩く。彼は心に傷を負っているのだが、村人との交流や、土地そのものが持つ力により癒されてゆく。

人生を防塁の建設に捧げた修行僧が建設した「良信の防塁」のように、古人の営みが心を揺さぶる。
村の青年との探索。カモシカとの出会い。モダンな西洋館でのひと時。

物語は、一気に50年後現代日本へ。そこから逆照射される、失われた「場所」や「時代」。古の人たちが慈しみ、育てたモノたちが、それに愛着を持たない他人によって、容赦なく破壊されていく。

時が流れる、ということ、生きるということは、どういうことなのだろう、ということを、改めてじっくり考え直してみる。

私にとって、小説冒頭のエピソードとして語られている、寄宿先の老夫婦が、たらい舟で湯浴みに出かけるシーンが、読後、実際に映画の鮮烈な1シーンのように目の前に迫ってきた。まるで、素晴らしい芸術品を観た時のように、目頭が熱くなった。そうなのだ、と思わず膝を打つ。

名もない古の人たちの生活の1シーンに過ぎないが、当事者たちにとっては、至福の時間。とうの昔に老夫婦はこの世を去っているが、生きている間に積み重ねられた至福の時間を、その場所は思い出として永遠に記録しているのではないか。

もちろん、そのことを知らない後世の人間にとっては、それは全く見えないし、知るよしもない、全く意味のないことである。

それでいいのだ。

生きている間、かえがえのない、幸せな時間が持てればそれでいいのだ。

人はもとより、歴史の闇の中に消えていく存在なのだから。

色即是空

だけど、空即是色。

生きることの意味がそこにある。

とにかく眠い

1月に異動してから怒涛のような2か月。
やっと週末の2日間、一度も出勤することなく休むことが出来た。

とは言え、自宅でずっと2日間仕事関係の書類に目を通していたが、

とにかく眠い
のである。

1日3−4時間睡眠の日が多かったので、睡眠時間という意味では、大分借金がたまっている状態。

ぼちぼち返そうか。

わたしをを離さないで

全く更新しないまま年が明けてしまった。
気が付けば2月も終わり。

1月1日付けで異動になり、新しい仕事に慣れるのが必死だった。加えて、超多忙で20日間、1日も休みがない、という激しい日々も通り越した。

そんな中で、TBSドラマ「わたしを離さないで」にはまっている。

原作のすごさだろう。原作とも、映画とも違うストーリーを興味深く見ている。まるで、原作に新しい息吹を与えられたように、スリリングだ。

しかし、一貫しているのは原作と同じ、与えられた使命に従うのか、抗うのか、そして、もっと普遍的なテーマである「短い生をどう生きるのか」という問いを、これでもか、これでもか、と投げかけてくる。

自分に力量があったら、こんな小説を書いてみたい。