聖歌と慟哭・・・アルメニア・リプシメ教会



早朝6時にモスクワのシェレメチボ空港を飛び立って、アルメニアエレバンに向かう。

午前3時起きだったので眠く、機内食を食べた以外はずっと眠っていた。

気がつくと、コーカサスの急峻に山並みが眼下に。山稜は深い雪におおわれているようだ。

機は次第に降下。整地された緑の畑らしいものが見えてきた。

エレバン空港に降り立ち、最初に訪れたのは、リプシメ教会。

アルメニアキリスト教を国教として受け入れたのは西暦301年。世界最古のキリスト教国として、国内のそこかしこに、古い教会が残っている。

だからアルメニアの教会には、中世の宗教の権威の象徴する、ヨーロッパのそこかしこに存在する巨大な教会とは全く違う、古代の原始宗教の香がする。

素朴さ、純朴さ。そして飾り付けがほとんどされていないすっきりした教会の中で静かに祈りを捧げる、信仰の篤い人たち。

リプシメ教会の創建は618年と言われる。

キリスト教の信者だったリプシメは、非キリスト教徒だったローマ皇帝から結婚を迫られ、拒絶してアルメニアに逃れるが、そこでもアルメニア王から求婚され、拒絶して殺害された。このアルメニア王がキリスト教を受け入れ、アルメニアは世界最初のキリスト教国になったのだが、それは彼女の死後のこと。

彼女の墓のあったところに、この教会が建てられたのだという。

1400年前の教会。

外観からはとてもそんな感じがしない。シンプルな教会だ。

扉を開けて中に入ると、ミサの真っ最中だった。

邪魔にならないように、隅でたたずみ、見よう見まねで十字を切ってみる。

聖歌隊。男性、女性と交代で朗々と歌い上げる。楽器の演奏はない。

小さな教会の中に響き渡る澄み切った歌声。

私の目の前で、地べたに座ったまま礼拝していた粗末な身なりのおばあさんが、突然泣きだした。

歌声の合間合間に聞こえてくる、ほとんど号泣に近い彼女の嗚咽を聞きながら想った。

きっと何か悲しいことが最近、彼女の身にあったのだろう。

「神よ、救い給え」か。

こうして、1400年の間、教会はここにあった。これからもずっとそうだろう。

地下に降りていくと、花に囲まれたリプシメの小さな棺があり、傍らで1人の女性が棺を守っていた。彼女も讃美歌を歌いながら、涙ぐんでいるように見えた。

美しい合唱は、男声、女声、途切れることなく、ずっと続いていた。あのおばあさんの慟哭も。

いろいろなミサに参加したが、こんなに立ち去りがたいミサは初めてだ。

キリスト信者でもないのに、神は我とともにある、そんな気がした。

目で催促するガイドに抗しきれず、教会を後にした。

外では、鳥がさえずり、風が春の匂いを運んでいた。