イスタンブール人間模様2



「はい」と私は頷いた。

「どちらからですか」

「モスクワからです。こちらにお住まいですか?」

「はい。二年位になります。」

「駐在員の方ですか。」

「いいえ。実はイスタンブールのお店で働いてまして。よかったらいかがですか」

意外な展開に一瞬考え、私は断ることにした。到着初日、ショッピングはまだ早い。さっきのおじさんに教えてもらった眺めの良いレストランでイスタンブールの夕景を楽しみたい

「これから○○ホテルに行って景色をながめながらお茶を、と思ってまして」と言うと、彼女はハッとしたような表情でややためらいがちに、

「それって、トプカプ宮殿の前にいた方に教えられたのではないですか?」

「ええっ、なぜ分かるんですか ?」

「有名な方ですよ。インターネットで検索してみてください。いっぱいでてきます」

なんとなく脱力してしまった。別にヒドイ目にあったわけではないが、何もウソつかなくても。と思っているうちに、眺めの良いホテルに行く気が失せてしまい、彼女の店に。

リンゴ茶をごちそうになりながら日本語でいろいろ説明を受けていると妻はいろいろ欲しくなったらしく、さっそく買い物モード。

私の方は、トルコにきて二年、店の若いトルコ人の兄ちゃん達にいろいろ指図しながら店を仕切っている彼女の方に興味を持ってしまった。日本のOLがふらっとトルコに旅行に来て、店の経営者の青年実業家と恋に落ちて御内儀になり、いまや堂々と店を仕切っている・・・・勝手な想像をふくらませていると、息子が「父ちゃん帰ろう。」妻の買い物が終わったらしい。お店の彼女は「また明日も来てくださいね」とニコッ。いやいやあなたの腕にも脱帽です。

翌朝、トプカプ宮殿にでかけると、何と、昨日のおじさんが。「今日もお客さんの案内ですか」と声をかけようかと思って歩いて行くと、向こうもこちらに気づいたらしく、そそくさと土産物屋の陰に隠れてしまった。

 と思っていたら、二時間後、私たちが宮殿から出てきたところでバッタリ会った。「これはこれはモスクワの○○さん。また会いましたね」と堂々と私と握手し、去って行った。まずいな、そういえば昨日気を許して私の本名を名乗ってしまったぞ。これでモスクワからの日本人に会ったらきっと彼は「私は○○さんと友達です」と言うに違いない。

 自宅に帰って、言われた通り、例のおじさんをネット検索してみると、いやいや出るわ出るわ、みんな本当にその会社の関係者と信じ込んでいて、ただ、私と同じようにおせっかいな親切おじさん、と思っている人が大半だったのは救いか。

 ついでに彼女の店も検索してみると、二年前にそのお店に通っていた日本人旅行者のブログが見つかり、何と、私の勝手な想像が間違ってなかったようで2度びっくり。

 いやはやネットというのは恐ろしいが、イスタンブールの人間模様は実に奥深く、味わい深い、とひとり感じ入っている。