しばしの別れ

帰宅してエレベーターホールの前のアパートの管理人のおばさんに「ドーブルイ・ベーチェル(今晩は)」と挨拶すると、「帰っちゃうのかい?」と聞かれた。

「もう帰って来ないの?」

「うん。」

「本当に?」

何回も私に確認した後、

「オーチン・ジャーリ(悲しいわ)」

おばさんは、両手を広げて手のひらを天に向けた。うっすらとおばさんの目に涙が浮かんでいる。

「これまで本当にありがとう」

私もとりあえず何とかそれだけ言った。

妻に言うと、今日おばさんにお礼と別れを言い、和製のハンカチをプレゼントしたという。

管理人は4人いるので、そろそろ挨拶しておかないもう会えない人がいるかもしれないのだ。

管理人の女性の中では最年長の彼女。24時間勤務の大変な仕事だ。

水道管がこわれて台所が水浸しになった時に真っ先に家に駆けつけてくれて、拭き掃除を手伝ってくれた。

中一の息子をいちばんかわいがってくれたのも彼女。「ただいま」と息子が学校から帰ってくると、ときおり強く抱きしめてくれた。

別れは悲しい。

もうモスクワに来ることも当分ないだろうから、余計つらい。


モスクワを離れるまで、あと5日。